本を大切にする国だった日本 周りの人はそれほど関心はありません
こんな記事を見つけました。
かつて、角川春樹が横溝正史を売り出すときに、アメリカのペーパーバックのように安い本に綺麗な四色刷りのブックカバーを掛けて売り出すという提案に一堂、良い顔をしなかったという事だったらしい。
なぜ日本人はわざわざブックカバーを掛けるのか?かつて岩波文庫にはカバー代わりにセロハン紙を掛けてあった。その上から本を守るために紙のカバーを掛けたのでしょう。
これを知っている人は50代だよね。もうひとつ言って良いですか?かつて、角川文庫と岩波文庫の天は化粧断ちしていなかった(笑)。
日本人は江戸時代、徳川吉宗の『享保の改革』の倹約令のおかげで日本人は物を大切に使うのが美徳になった。これはこれで悪くはないけれど、太平洋戦争の頃まで引きずってしまいます。
個人的にはやはり、書籍は大切な物できちんととっておくものだと思っている。まあ、昔はちゃんと読んでいる本に関しては私物のブックカバーを掛けて読んでいましたよ(笑)
ここで、カバーをかけない中国の方はは「こんな本を読んでいます」というアピールもあると言っていますけれど、これって昔の日本人ですね。日本の歩んだ道を中国さんも歩んでいます。
「右手に『朝日ジャーナル』、左手に『少年マガジン』」というのはかつての日本の大学生だった。そうやって昔は仲間を呼んだのしょう。
でもね、私感ですけれど、大学生や若い人が本を読んでいるという印象はないなあ。残念です。
「書店でカバーを掛けるのはプライベート保持だ」という意見もありました。かもね(笑)。
例えばマルクスの『資本論』を電車で読んでいたとしましょう。他の人が受ける印象はこんなものかもしれない。
こんな印象を受けると思っているかもしれませんけれど、周りの人はあなたにはそれほど、関心はありませんから。残念💦
私はカバーをかけないで電車でマルクスを読むことはなんとも思いませんけれど、田中みな実の写真集をカバーを掛けないで電車で見る勇気はありません💦
ずいぶん前ですけれども、本屋の人は私の顔なんて覚えていないとわかってますけれど、ハードカバーの文学の参考書と高橋由美子ちゃんの写真集を一緒に買いました💦
この写真集は人様の前で見てはいけません。こっそり自宅で鑑賞しましょう😅