読書の話📚Vol.11 『右翼と左翼』浅羽通明著
「左翼」と「右翼」と言う言葉が軽くなってしまった。
かつては右翼にしろ、左翼にしろ「暴力団ですか」と思うほど怖かった。そういう記憶はありませんか?
右翼を名乗る人たちはデコトラ乗って、「憲法九条を改正して、北方領土を戦力で取り戻そうとか」、とか「今こそ天皇陛下にご決断を」とか、そりゃ凄かった。それに対して左翼はヘルメットかぶって、マスクにサングラス。角材を持って「今こそ、自民党勢力を倒すために暴力革命を起こす」。まあ、凄かったですよ。
それが今や、「『サンデーモーニング』は極左だ」とか、なんと名門の右翼団体「一水会」が左翼だとか、「極左新聞、朝日新聞、東京新聞は廃刊しろ!」などなど、耳を疑うものばかり。しかもなんの躊躇いなく可愛い女の子が「私右翼だから!」という時代。
彼らの話を聞くと、政権よりが右翼、保守だと言うのがわかります。
さらに右派は産経新聞が大好き。あえて言わせてもらえれば、政権忖度新聞。さらに、かつては産経新聞なんて夕刊紙扱いでしたよね(笑)。誤解のないようにお願いします。購読している新聞で家の知的水準がわかるという時代もありました。現在新聞の購読部数そのものが落ちていますので、そんなこと言えないけど、やはり産経新聞はマイナー誌ですよね。しかも信用置けない。「ソースは産経?ギャハハハ」、「とりあえずはいいけど、ちゃんと裏取れよ!」
右派と左派の最近の使い方に疑問を持つというか、怒りすら覚えています。
そこで、改めて自分なりに調べてみようと思って何冊か蔵書をあたって見た。『ネットと愛国』のに引用したい文章があった思って久しぶりにパラパラとめくっていたのですが、「あれ?記憶ちがいだった?」見つけることができなかった。
あれれ。しかし「在特会」名乗る組織の内容が酷すぎる。彼らのバックボーンはネットの知識のみ。最初期にはそれなりに志をもった人たちも集まりますが、あまりにも幼稚な活動に愛想をつかせて去って行きます。この本を取り上げると「在特会」を取り上げることと同じなで、また気分が悪くなります。今回はやめておきます。しかし、一読はおすすめいたします。
今回取り上げる書籍は浅羽通明氏の『右翼と左翼』。著者は歴史的背景へ遡って理解しなおす作業を通じて、「右ー左」という対立軸を考えることを第一の目的としている。
この本を読む前に知っていましたけれど、フランス革命のさなか、「国王に議会が決した法律を否定する拒否権与えるか否か」。この時に人物や党派の政治的思想に分かれて、右と左に分かれて座ったのが始まりとされています。
では、「左」と「右」のちがいとは何か?
「左」は人間本来「自由」「平等」で「人権」があるという理性、知性で考えついた理念を、まだ、知らない人に「啓蒙」し、実現しようとする。それに対して「右」は「伝統」、「人間の感情、情緒」 を重視する。「自由」「平等」「人権」では人に割り切らないと考える。
では、日本会議議員の「人権否定」って理にかなっている?しかし否定してはだめでしょう。
だったら、左派の方がお利口ジャン!左の方がいい。「左派」だけでいいじゃない。かつては知識層、インテリは当然「左」と言ってました😀
それではいけません!!
極端な左派は「平等」思想を達成するために流血も厭わない。すなわち暴力革命。最終的目標は共産主義、社会主義国家の建国。達成した中国、かつてのソ連は他の資本主義の国から攻められないように軍事化しました。右派は、極端な暴力革命さえ厭わない左派から「伝統」「国粋」を「保守」する。要は暴力革命から市民を守る、しかし根幹が国粋主義なので、外国から攻められる恐れがある。国家の否定。だから軍事化する。
どのみち軍事化されるのですか?やだーーーー!!!😖
結果同じ軍事化でも、目的が違うので当然両者は仲が悪い。だから、国際顕彰で戦争そのもを禁止しなければいけないし、「右翼」、「左翼」両方ちゃんと議論して、良い方向に行かなければなりません。戦争で酷い目に遭うのは市民です。すなわち、両方ないと『ダメ』が正解!
議席も拮抗して、常に議論していかなければいかないとだめ!
海外にも「我が国は極端な左派(右派)ではありませんから、仲良くしましょう」というアピールしていかないとダメ。要は軍事化しませんよ宣言しないといけません。
このように思想的にはどっちが正解というわけではない。というのがわたしの結論
現在はどうなのか?
たかだかテレビのワイドショーを「極左」とはどいうことか?全部見ているわけではないが、「暴力革命」を訴える解説委員が出ましたか?それよりも、象徴天皇を『元首』とかいう人をテレビに出す番組の方が問題だと思いますけれど、どうですか?
「右翼」、「左翼」があまりにも軽く使われているではないか!
日本の「右傾化」、「保守化」は気分ですか!
笑を通りすぎて「怒り」を感じませんか?
確かに彼らから思想は感じされない。「嫌韓論」も奴ら嫌っているからの妄想ではないか?