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私感仏教論Vol.9 葬式仏教

緊急事態宣言
 
首都圏一都三県に加え、七府県にも緊急事態宣言が発令されました。
無策の政府にはさすがに疲れてきました。
コロナウイルスが話題になってはや一年近く。
毎日、感染者数を気にしていますけれど
 

 
世界各国の中央銀行は金融緩和、ゼロ金利政策のおかげで株価は上昇しました。更には投機的な意味合いで₿ビットコインは一時4万ドルを超えました。
本来、ブロックチェーンの理論により色々な人が便利になるはずなのですけれど、仮想通貨は完全に投機目的になってしまいました。
 
残念なことです。
 
 
死者の権利
 
最近ネットで若尾龍彦(海外有権者ネットワーク 日本代表)氏の文章を読んだ。
欧米ではコロナ感染死者の葬儀には牧師を呼ぶこともできずに、親戚、知人で集まって死者を追悼することもできないというのである。
人は二回死ぬといいいます。一回目は生物的な死。二回目は人々の記憶から失われた時の死。コロナにより一回目の死と二回目の死が同時に訪れる人もいるであろう。
 
最近、聞いた話ですが、コロナ感染を避けるため、葬儀という形では行われず、ごく近い親近者数名で直接火葬場に行くというのである。友人や生前に親しい人が集めることも許さない。お骨だけ骨壷に入れて家に帰るというのである。
 
これでは単に宗教的な問題ではなく「死者の権利」を奪っていることなのである。
 
仏教の目標は「苦」からの解放
 
仏教の目的は覚ことで「苦」から解放されることである。仏教はもともと「死」という結果にはそさほど関心を示さなかった。輪廻転生の結果生まれ変わるのだから、別に墓や死体は必要ないという考えである。復活思想のあるキリスト教とは違います。
 
葬式仏教
 
葬式仏教という言葉には明らかに侮蔑や蔑視のニュアンスが含められている。
死んだら、坊さんがやってくるそんなところです。「日頃、信心などやっていないくせに、死んだら坊さんの世話になるな」というニュアンスを感じさせる。
墓は中国に仏教が入ってきてから、儒教の「孝」の思想に結び着いたからだそうです。
日本ではやはり土着の自然宗教に結びついてのことであろう。
親鸞は墓を作るという行為は、阿弥陀如来の本願を信じていないということになってしまうと考え墓を作ることを拒絶したそうである。
 
阿満利麿氏は葬式仏教の実態は自然宗教の霊魂観が中心であり、仏教の教義は飾りに過ぎないと『仏教と日本人』で述べている。しかし同書で、僧侶たちの「慈悲の心」が働いていると述べる。
 
「慈悲」は「智慧」と並んで仏教の宗教的に大変重要な思想である。
 
死んでしまったものは仕方がない。「無」になると納得している。キリストではあるまいし、死者は復活しない。
人間は二回死ぬという理論に元付けば、葬儀、墓は日本人的にはやはり必要な儀式ではないであろうか。死者のために念仏を唱え、葬る。それが「慈悲」ということなのかもしれない。
 
論理的に釈迦の教えに外れていなければ仏教であると考えていい。
 
日本では死者を「ほとけ」て呼び、「成仏」と呼ぶのは死者に対する敬意ではないでしょうか。成仏しなければ、斬られます(笑)
 
コロナ禍の中、感染症のことを考えると葬儀は難しかもしれないが、死者に対して念仏もしくは題目を唱え、墓すなわち故人を忍び、想い出を語る場所を作る。
これだけも死者の権利を守ることになるであろう。
 

 

この本は未読です。本を読むだけの行為でも、まだまだ興味のある書籍はたくさんある。ずっと勉強ですね💦