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私感仏教論Vol.6ー12 呉智英著『つぎはぎ仏教入門』をさらにつぎはぎ 輪廻からの解脱

「輪廻」とは
 
輪廻はもとも古代インド文明から引き継いだものであり、仏教にとって、もっとも宗教的な思想と言っていいでしょう。
 
輪廻は「永遠の生命」ではなく、「苦しみの連続」である。もし、100%生まれ変わりが、魂の数だけ宿主である肉体が存在するはずであるが、決してそんなことはない。まるで、輪廻は繰り返し、繰り返し訪れる無限地獄かのようである。
 
『平家物語』の最後に平清盛の娘、建礼門院徳子は後鳥羽法皇に自分の人生において六道全てを見たと伝える。
徳子は最後御念仏を唱え、極楽浄土に往生するのが確実になる。
ちなみに六道とは
  • 地獄
  • 餓鬼
  • 畜生
三善道
  • 修羅
  • 人
  • 天
 
この無限に続く、この苦しみの連鎖から脱出するのが、解脱である。ちなみに神々の国である「天界」に行っても、寿命は千年で尽きる。結局は苦しみが待っている。
ちなみに、これから外れるのは「外道」と言われる。
 
 
最近、YouTubeで手塚治虫の作品解説をチャンネルをよく見ている。
リンク貼っておきますね。
 
改めて、どの作品も興味深いのであるけれど、手塚治虫の生命感、仏教感は驚きの連続です。私はゆうに手塚治虫がその作品を執筆して年齢を超えているであるけれど、本当に「ボーーと生きていましたね(笑)」。
 
「火の鳥」という作品は決してラドンやキングギドラのような怪鳥は大活躍する漫画ではありません。念の為(笑)。
ここで描かれる「火の鳥」永遠の生命の象徴。
しかし傍観者である。人間の愚かさを俯瞰して見ているだけである。しかし死ぬことができないという”逆の苦しみ”が存在しているようにも読み取れる。
それに対して、解脱ができないで輪廻転生を繰り返し、苦しみの連鎖の中にいるのが猿田彦なのであろう。彼は「無明」の象徴なのか?漫画では何度も生まれ変わり、いつもひどい目にっている。彼は一体何をしたのであろうか。
 
釈迦は「解脱」を果たした。それは秘法であるとか、魔術ではなく「智慧」によって「解脱」したいうのである。
 
この「智慧」という発想が一神教とは大きく異なる。「救い」ではなく、「覚り」によって「解脱」したのである。
 
「輪廻の苦しみ」とは釈迦の入滅後、『ミリンダ王の問い』で述べられる。釈迦のこの問い対して「執着の生」から脱することが輪廻の克服であると述べる。
 
すなわち。輪廻の苦しみの「縁起」は「無限に永続する自我」という迷いなのである。
 
手塚治虫の『火の鳥』に登場する人物たちの永遠の生命に固執する姿は滑稽にみえる。しかしその象徴が何度も転生を果たし、その度にひどい目に会う象徴が猿田彦なのであろう。
 
その苦しみから逃れるためには「無我」という概念が必要にある。
 
ではまた次回。