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私感仏教論Vol.6ー10 呉智英著『つぎはぎ仏教入門』をさらにつぎはぎ 阿含経典について

阿含経典は小乗仏教の経典?
 
まず断っておかなければなりません。阿含経典は阿含宗の正教ではありません。
 
阿含宗は山岳密教の流れで、桐山靖雄と言う人が1978年に立宗した新興宗教だそうです。
ここで、みんな大好き新興宗教。そういうことは島田先生にお願いします。
 
「阿含」とはサンスクリット語「アーガマ」に漢字の音を当てたもので、「伝え来たったもの」という意味。宗祖釈迦の言葉を集めたものであり、その大部分を「釈迦の金口直説」の仏典、もしくはそれに神話、伝説を交えたものであると考えられている。
 
「阿含経典」は初期仏教の経典として軽んじられていたが、のちに西欧の研究者によって正当な評価を受けた。
前から思っていることですけれど、一神教の国では仏教をあくまでも哲学や、文学として客観視していますね。
 
大乗仏教と小乗仏教の大きな違いは大乗仏教は複数の如来が存在しそれぞれを皆尊ぶのに対して、釈迦一仏論をとっていることです。
大乗仏教のキーワードになるのが「菩薩」という存在。覚りを得るべく「自利」の修行に励むのみならず、衆生を救う「利他」にも励み、それによって最終的に如来になるものが菩薩である。
 
私が思うに自利利他行が大乗仏教の考え方の方が、より宗教的であるように思える。
 
 
  • 「法身」 法(真理)そのものとしての仏。釈迦が法を覚り、これを体得した。それゆえ仏陀になった。
  • 「報身」 菩薩が衆生済度の自利自他の結果として仏になって「報われた」仏身
  • 「応身」 法身に「相応しい」人物に発現した仏
 
うまくまとまっていない。また次回。