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私感仏教論VOL.6ー3 『つぎはぎ仏教入門』③ 宗教とは何か

宗教とは何か?
「宗教はアヘン」マルクスの言葉であることは事実です。
これが結論なら、Game Overです😁
 
そこで、とりあえずググりました。
日本共産党のHPによると、「マルクスが説く宗教上の不幸は当時国王権力と支えあう関係にあって、専制支配のもとで、苦悩する民衆に忍びあって忍耐を説いていました。マルクスはそうした宗教の役割を批判した」とあります。それをアヘンに例えたのが「宗教はアヘン」という言葉です。
 
私も勘違いしていたので、リンク貼っておきます。
 
宗教は決して専制政治が人民を統治するために、利用するものではありません。
「死んだら天国にいくのだから今我慢しろ」冗談ではない。天国なんてどうでもよいです。
今、とりあえずご利益をください。
 
宗教の恐ろしさは、権力と結びついた時です。「俺がやっている訳ではない。神の啓司だ!」、「鎮護国家だ!大仏つくるぞ!金だせ!働け!」そんな啓司、嫌だ!
明治政府は神話を裏付けに天皇を絶対的支配者して、戦争に向かっていった。その結果、我々の父兄は酷い目にあったことは絶対忘れてはいけません。
 
靖国神社にいるのは英霊ではありませんよ!怨霊ですよ!
 
私は宗教とは人を恐怖、悩みから開放させて、知性で人間を豊かにする素晴らしいものだと思っています。しかし、決して、哲学ではありません。教えです。教示です。宗教という言葉は宗旨の教えという意味です。根本を忘れてはイケません。
 
本書で呉氏は「宗教は死の抵抗として生まれた」とハッキリ言い切っている。
 
人間の「有限性の自覚」の意識こそが宗教の源であろう。これは阿満氏の意見と同様である。古代人にとって文明が未発達であり、さらに人智によって守られることが少なかった。先祖や自然に対して強い畏敬と崇拝を描くのは当然です。なぜ、都市の周りに城壁を作ったか!敵が攻めてこないようにと、自然から自分たちを守る為ですよ!
 
しかし、人間が考えることは「無限」。その恐怖を克服しようとしたのが宗教だと言っている。恐怖の中心はやはり「死」。死の克服が中核になっている。子供心に「死にたくない」とか「地獄って怖いことだ」と言う経験は皆さんあるはず。
 
釈迦が出家したのは、生・病・老・死という四つの苦からの離脱、解放である。
この真理に目覚めることが仏教の「覚り」ということになる。
 
やっとここまで来た。
自分なりの考えをまとめていると、ヘロヘロになりますね(笑)
 
また次回、お付き合いお願いします。