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読書の話📚 Vol.2 古関裕而−流行作曲家と激動の昭和 刑部芳則著

メディアは多様化され、自分で追いかけないと情報が手に入らない時代になって久しい。音楽も同様でみんな知っている曲がなくなってしまった。私が中学時代前後、ラジオでは歌謡ベストテン、電話リクエストと言った番組が毎日放送されていた。「山口百恵が何週連続一位達成」、「沢田研二2年連続レコード大賞受章か?」。ヒット曲の話題は日常的に行われ、お気に入りの歌手の活躍に一喜一憂しておりました。

 

しかし現在は「A K B 48が連続ミリオンセラーを達成」と言われても、実感が沸かない。大衆が大衆文化を共有しない時代。多くの情報から自分にあったものを選択して、それを一人で楽しむ、そんな時代なのです。その象徴がA K Bグループです。大量の女の子の中から自分のお気に入りを見つけて楽しむ。

 

わたしですか 峯岸みなみです(笑)

 

今回取り上げるのは2020年度上半期の朝ドラ『エール』の主役古山祐一のモデルとなった古関裕而の生涯を通して昭和史全体を振り返ることを主題としている。著者の刑部芳則はドラマの風俗考証を担当している人です。

 

ドラマをより楽しむ為にも、ドラマと史実の差異を楽しむ為には一度は読むべき一冊であろう。

 

本書の冒頭で古関の代表作「露営の歌」の歌碑を取り上げる。京都嵐山にあるこの歌碑は手入れをされずに、地元の人でさえその歌碑を忘れられていることを例に挙げ、刑部は時代に忘れらた名作曲家だと断言している。

 

しかし「手掛けた曲を必ず一度は耳にしているに違いない」と続け、昭和を代表する文化人であり、日本近代史を語る主役の一人だと断言している。改めて、古関の作曲リストを見てみると、印象に残るものが多い。劇中でも出てくるが、クラシック音楽の豊富な知識、格調の高さをいかにして日本人好みに変換するを模索した作曲家ということができよう。

 

重要なことは多作!寡作な巨匠という人を私は知らない。巨匠とは周りが決めることと重々承知しておりますが、人間がやっている限り、どれもこれも傑作というわけではない。大量の作品群から良いものが後世に語り継がれていくと断言します。

 

『エール』のセールスポイントのひとつが豊富な音楽の演奏シーンなので、「あの歌も、この歌も古関の作品なんだよ」野暮なので避けます。もう散々皆さんN H Kの番宣番組で見てますよね(笑)😸

 

本を読む限り、音楽で立身する決意や、金子と結婚する下りなどはドラマのような劇的な演出はなされていない。同時期コロンビアに入社した古賀政男がヒット曲を連発しているのに比較して、なかなかヒット曲に恵まれなかったのは史実でした。

 

古賀政男の悲しく廃頽的なメロディーはあっという間に日本人の心を掴んだが、古関は無理やり流行歌を作ろうとして苦戦していたのではないか。ここで興味深いのは意識して短調を選んで使っていた。

 

ドラマでも「なんで短調なんだよ!」って突っ込まれていたが、古賀を意識してのことではないかと思う。が、クラシックの知識とこの時期の苦労が戦争歌謡のとき皮肉にも開花する。哀愁はあるが、人を勇気付ける。加えて、ヒット曲に恵まれなかった時期、早稲田の応援歌「紺碧の空」をはじめ、「六甲おろし」など応援歌を得意としていたことものちの作曲活動にプラスになったと思っている。

 

戦争によってに皮肉にも、古関は一流作曲家の仲間入りをする。得意とする短調の作曲が大衆の心を掴むのであるが、短調を用いた作風は戦前からである。ヒット曲を連発するが、作曲に心が痛んだのような表現は見当たらない。古関はむしろ職人気質のよろしく粛々と仕事をしていたような印象さえ受ける。戦争に加担している罪の意識はあったが、作曲をして名声を得ることに喜びすらあったのかもしれない。

 

戦後、自分の作曲で若者を戦場に導いたということは、古関の「罪と罰」として重く、人生にのし掛かっている。

 

ただ、私は古関の戦後の活動を見ていくつか気になったことがあります。

 

戦後、曲調が明るくなった印象を受ける。キーワードは「鐘」。これは彼の鎮魂歌であったと断言していいだろう。甲子園大会の大会歌「栄光は君に輝く」も同様の意味合いであったであろう。

 

そして、アニメ「決断」の主題歌も作曲している。曲はまさに戦時歌謡。戦争を通して決断することの大切さ、そして上官の愚かな暴走も描かれている。まだまだ「アニメは子供が見るもの」という時代。戦争を通して教育する。この作品を通して戦争歌謡を成仏させ、訣別する。ようやく古関の戦争はここで終わったのであろう。

 

時代に翻弄され、その真価を戦争歌謡で発揮してしまった古関裕而。戦争歌謡がなければ、彼の活躍は遅れたであろうとあるが、いや、なかったのかもしれない。戦争歌謡の活躍がなければ、戦後の仕事は潤沢には来なかったと予想できるからである。それでも、ミュージカル、家族歌合戦の審査員、アニメ主題歌と言ったところまで活躍の場を広げている。戦後の活躍の方が知名度が上がり、音楽をまさに楽しんでいるかのようである。

 


決断オープニング

 

独学のクラシック音楽、それと対照的な歌謡曲との融合こそが、大衆から支持される古関の格調高い楽曲を生んだと位置付けしたい。「努力する天才」と刑部は評し、「戦前・戦中・戦後と常に大衆の応援歌を作り続け、そのメロディーは今も世代を超えて受け継がれる」と結んでいる。

 

評論ですので、ドラマのような葛藤を期待すると肩透かし喰らうかもしれませんが、昭和の大衆文化を知る資料になることを期待いたします。