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朝の連続テレビ小説 『おかえりモネ』 第2週「いのちを守る仕事です」

いよいよ、正規採用となったモネちゃん。
これからが本当のスタートです。
 
第1週目は自己紹介、モネのキャラクター紹介と全体の伏線でした。
今週は光明編ですかね。大変わかりやすい。

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それにしても清原果耶 可愛いですね
今週はモネちゃんが自分の進む道「誰かの役に立ちたい」という想いに光明がさす。重要な週になりました。
それにしても、ここまでの流れは大変わかりやすい。
前作『おちょやん』のような逆張りしたような演出はありません。
 
  • お父さんが作った笛
  • あのわんぱくが飛ばした竹とんぼ
  • その子が勝手な行動をとって遭難
  • 「会社潰す気か!」の土砂降り
 
決してぶっ飛んだ演出はなく、好感が持てますけれども余りにも無難な進行だとちょっとひきますね💦
 
そこは演出の腕の見せ所です。
 
モネに対しての菅波光太郎医師のドライな態度はお約束。東京の大学病院に籍を置いているという設定はこれからズッと出ますということですか? 
 
気象予報士朝岡覚に助けられ、気象予報の重要性を実感させられる。
「気象予報士は命を守る仕事です」の最後のワンカットはちょっとベタでしたね。
 
来週も期待しています。
 
そうそう、土曜日に放送させる総集編でサンドイッチマンが少しおちゃらけて笛のことを言っていました。
中学でサックスを吹いていたけれども、音楽高校の受験に失敗して以来、音楽を捨てたということ。
「吹く」ことはひょっとして大きな意味を持つかもしれません。
 

特撮の話 ウルトラマンA第2段 超獣ベロクロンの美しさ

『ウルトラマンA』で取り上げた時にいくつかのポイントで全く触れなかった超獣の話。

ちょっと書き足りなかったので、加筆します。

 

第一話「輝け!ウルトラ五兄弟」で登場する超獣ベロクロンの勇姿を先ず見ていただきたい。

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この美しい造詣 やはりウルトラ怪獣は違う

 

素晴らしい造詣です。デザインは井口昭彦氏。『帰ってきたウルトラマン』、『マイティジャック』にも参加し、あのメカゴジラのデザインをしてのも氏です。

我が国伝統のゴジラの流れであるものも、背中のビラビラが斬新。しかも、ちゃんと中に人が入れます💦

 

デザインという仕事

余程の天才ではない限り、「何か新しいデザインをしなさい」と言われたら、意識、無意識的に既存のデザインに引っ張られます。最初の東京オリンピック2020のロゴデザインが「パクリ」だの言われ、そのデザイナーの存在までも否定されてしまった。(あくまでも個人的な感想ですけれども)

あの使い古された市松模様を少し変えただけの無難なもの。あのスタイリッシュでアーバン感のあるデザインから程遠いものになってしまいました。

 

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忘れている人がいると思うので。。。

印刷でデザインを担当した時も、もちろん既存のデザインをベースに考えます。そこをどう発展させるか、足し算するか、引き算するか?勝負ところは引き出しが多いか、どうかですね。

 

話が逸れた😅

おそらくですが、超獣という発想は製作側、デザイン側から出てきたと思っています。

怪獣デザインにしても印刷デザインと同様。何か既存の生物をモチーフにしないとまずはデザインはできない。しかも人が中に入るのですから尚更です。

 

仮面ライダーのショッカー怪人も動物単体、蜘蛛男、蝙蝠男などから、二匹の動物の能力を掛け合わせた茶トラマルチーズや、アメショーハムスターとかを解禁したのと同じ理由なのでしょう。

 

『ガメラ』シリーズのギロンの ように非生物的なデザインをするには、宇宙怪獣という設定は便利だった。しかし毎回宇宙怪獣というのは無理がある。

そこで異次元人ヤプールが生み出した生物兵器が超獣という設定は自由に怪獣デザインできるという素晴らしいアイデアだったのではないか?

 

超獣という概念。

これが途中でヤプールが全滅、否定してしまったので設定上、無理になってしまう。

更に問題は超獣の強さを際立たせるために、あの怪魚ムルチを劇中で惨殺してしまった。よりによってあのムルチ。これって上原正三氏がやってくれた。。。😅

 

ヤプールが全滅してのにも関わらず超獣の生き残り、自然発生の超獣がいた(@_@)

これって野良超獣ですか。。。

 

もっと初期設定を生かして視聴率をテコ入れして欲しかった。

例えば、男女合体変身が評判悪く、北斗ひとりで変身できる様にするのであれば、夕子ちゃんが体力的に変身に耐えられなくなりエースの力が移行するっていかがですか?

何せ、月星人ですよ!謎です!

ヤプールという設定は最後まで残しても何も問題ないと思うのだけれどな?

概念上の悪が子供に理解できなければ、電波ジャックでもなんでもして宣言させればいいと思うのだけれど。。。

それとも夕子ちゃんの退場ありき?仕事は残しませんってことかしら?

 

繰り返します。『ウルトラマンA』は本当に大いなる失敗作です。残念です!

 

 

 

 

特撮の話 ウルトラマンA 大いなる試行錯誤

ウルトラマンAは大いなる失敗作品?
 
以前にも話題にしたネットの友人が主催している『『暇人チャンネル』。現在『ウルトラマンA』の解説動画を何回かに分けてアップしています。
 
そこで応援というか、便乗というか💦
『ウルトラマンA』の私感をこのブログでアップします。
 
さてさて、『ウルトラマンA』は1972年から放送開始。いわゆる第二期ウルトラシリーズの2作目として発表されました。
 
当時は第二次怪獣ブーム。
しかも『仮面ライダー』2号編が人気絶頂。
まだまだ変身ヒーロー、怪獣が出ればそこそこ視聴率を得ることができましてが、それこそ玉石混合。今見ると、ナンジャコリャみたいな作品も多く発表されました。
川内康範作品の『レンボーマン』と言ったドラマに重点をおいた佳作も発表されましたが、子供も騙されないような、子供だまし作品も多々見られました。
 
この流れは『マジンガーZ』の人気が爆発し、特撮変身ものにかわり、ロボットアニメが主流になる1974年まで続いていきます。
 
『ウルトラマンA』が放送された時期は特撮作品は増えたものの、まだまだウルトラマンは安泰。そこで色々な試みが試されます。この作品で用いられた新機軸は以下の通りでしょう。
おそらくこの四つでしょう。
 
放送当時、現役でテレビに齧り付いて応援してたのですけれども、この新機軸ははっきり違和感を感じました。
ウルトラマンにどうやって変身するかが、視聴者に対してひとつのお約束だったのが更に条件が難しくなった。
 
しかし、この新しい企画がいかに斬新だったのか!
そこそこ年齢を重ねて、再放送でやっと気がついた😅
むしろ同時期にはじまった裏番組『変身忍者嵐』にスライドしていった人は多かったみたい。共食いというやつですね。
 
そう考えると、やたら先輩方がゲストで登場したのが腑に落ちる。あれは視聴率のテコ入れだったのです。
 
それにしても、『ウルトラマンA』は今になってみたらすごく残念な作品。もし最後まで異次元人ヤプールと戦い、二人で変身を最後まで貫いたらどんな作品になっていたのか?評価も変わっていたと思います。
 
今回このブログを書くために久しぶりに切通理作氏の著作『怪獣使いと少年』(1993年上梓)を開いてみた。
 
『ウルトラマンA』のメインライターを務めた市川森一(1941−2011)は長崎市出身のクリスチャン。この本によるとクリスチャンではあるけれどもカソリックでもプロテスタントでもないそうです。純粋にキリスト教の教義に対して純粋な信仰である。
 
市川氏が設定した敵、ヤプールとはあくまでも概念上の悪。彼らは地球征服とか明確な目的は物語上明記されなかったと記憶しています。本来、仏教でもそうであるがキリスト教でも悪魔という存在は破壊者ではなく、人を惑わすもの。修行、信仰の邪魔をするもの。人間の心に存在するものである。
例えば第四話『三億年超獣出現!』でヤプールは人間の心に入り込み、その憎しみが実体化して超獣にある。そんな人間の心に挑戦する敵は子供たちはわからない。
当時の子供が言っています。
 
されに、男女の合体変身。性を超越して完璧な超人が生まれる。これがまた理解できない。ウルトラマンAが弱々しい印象を受けてしまう。しかも何かあると先輩が助っ人に来る。第七艦隊と同等の力量があるはずのウルトラマンAがなんか弱く感じてしまう。
しかもこの男女合体は脚本、演出をやたら制約してしまう。
 
隊員が主役になる話は多いウルトラマンシリーズであるが、もちもん主役は変身するひと。
これが二人を中心で動かさなければならない。これを毎週、毎週一話完結で話を作らなければならない。これは大変です。
 
結局、実は月星人だった夕子ちゃんは月に帰っていき、退場させられる。*1
夕子ちゃんの代わりにダンと名乗る汚いガキが出てきて、ウルトラ六番目の弟を勝手に襲名して、更にトーンダウンします。これは『帰ってきたウルトラマン』の家族路線を復活させようとしたのですけれども、思いっきり滑ります。この辺りかな?わたしのウルトラマンに対する興味がいったん失せるのは。
 
結局生き残った設定は先輩たちがゲストに来ること。
ウルトラの父などという新しいキャラまで登場。まあ、この設定がシリーズをスポイルしたとして、平成ウルトラマン三部作ではオミットされます。
 
まあ、この反省が『ウルトラマンタロウ』になると生かされるけれども、あまりにも話が幼稚化してしまう。そのアンチテーゼが『ウルトラマンレオ』なのですけれども、これがまた迷走。中途半端な作品に終わってしまう。あまりにも残念!
 
メインライターを務めた市川森一氏は後半は興味を無くしたかのように、作品から退場する。しかし「メインライターなのだから、けりつけろ」と円谷プロダクションが要請さらたのか、完全に切れていましたね💦
ウルトラ兄弟のお面を被った子供たちが弱いものいじめをするというショッキングな画像。知っていてけれども見たくなかったものを無理やり見せつけて、子供番組から手を引きます。
 
もし、最初の設定を最後まで通して、半年程度の長さの作品を作ればもっと評価の高い作品になっていたと思うのですけれども、残念です。
 
ところで来年は『ウルトラマンA』放送開始50年。『ウルトラセブン』は放送開始55周年。さあどっちのアニバーサリーになるか。野次馬的にちょっと楽しみ😅
  

*1:その後、星光子さんはグレてしまい、『電人ザボーガー』では敵キャラ王女メザになってしまいます。

朝の連続テレビ小説 『おかえりモネ』 第1週「天気予報って未来がわかる」

5月17日から『おかえりモネ』がスタートしました。
視聴率は前回の『おちょやん』をこえているようでなかなかいいスタートを切りました。

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おかえりモネ
主役の清原果耶。まだ19歳。妙な色気を感じさせる新進気鋭な女優。
 
広瀬すず主演の『なつぞら』では生き別れた妹役、しかも、兄弟と縁を切り、シングルマザーとして生きていくという陰のあり難しい役をこなしていました。
 
でも、アップになるとホッペはまだムクムクして幼さを残しています。しかしこの娘、25過ぎたら物凄くなるぞ😅
 
さて、第1週。今週はキャラクター、特に主人公の性格設定、環境そして事件の開始を告げる大切な週。
 
前回の『おちょやん』は主題とアンチテーゼだったのに対して今回は割とズバッときた印象を受けます。
 
今回のテーマはズバリ「ただ誰かの役に立ちたい」。
 
『ひよっこ』のいきなり起承転結の「起」を思い切り投げてきた。それに次ぐわかりやすさ。流石です!
 
さらにまだ、自分の進路を決めていないモネに対して、自分の進路を決めている妹役の蒔田彩珠を対比的な出演もいいです。
 
しかも気象予報士と「天気の重要性」をしっかりふってきました。視聴者は「モネちゃんは気象予報士を目指す」と知っていますのでいい感じのスタートです。
 
さらにはなぜ、亀島を離れたかったのか?
 
見事に伏線がひいています。次回も期待できますね。

朝の連続テレビ小説 『おちょやん』について気になったこと

 

この記事は気になりましたので、ちょっと反論します。

 

テレビというメディアが曲がり角にきています。

テレビ局はテレビでCFを流す代わりに、広告代理店経由で企業から広告料をもらい、その利益で番組をつくる。

しかしその広告料はどんどん目減りし、当たり障りしかない番組やB層*1が喜ぶ番組しか作れなくなっている。

その衰退ぶりは、お昼のワイドショーやゴールデンのバラエティを見てみれば一目瞭然。とても知性があると思えない司会が、芸人をいじっている。ちゃんと自分の意見を言おうものなら、その言葉を理解できない司会が無知を武器に相手をいじる。

 

まあ、B層の人たちが見て喜ぶのでしょう。

常に視聴率を気にして無難に面白くない番組を作り続ける。結局テレビ離れが止まらなくなる。

 

それに対して皆様のNHK。

ご存知の通りNHKは皆様から受信料を徴収して、その利益で番組を作っています。

「公共放送として政権を非難することは良くない」という局長がいましたけれども、政府自民党が改憲の必要性を社会ダーウィニズムを使って説明すれば、Eテレで100分de名著『種の起源』の再放送(笑)受けます。*2

まあ、知性のない自民党の一部の人たちは社会ダーウィニズムを知らないのかもしれません。

 

確かに、皆様のお金を預かって番組を作成するNHKはやってはいけないことを、やってはいけません(笑)。加えて、良質も番組を届ける使命があります。

 

今のテレビって?

これは私感ですけれども、今後テレビは無料の娯楽から、お金を払って見る娯楽に変わっていくと思っている。

プロ野球が見たければ、プロ野球チャンネルにお金を払って視聴する。プロレスを見たければプロレスチャンネルにお金を払って視聴する。

 

特にドラマは映画館に行って、お金を払って自ら強制的な環境で見るように、Netflixにお金を払ってみたいドラマを真剣に視聴する。そんな時代が近づいています。

そんな視聴に耐えられるドラマに仕上げないと相手にされなくなる時代がもうそこまできている。

 

 ながらで音だけで内容を把握できる、そんな底の浅い橋田壽賀子が書く脚本のようなテレビドラマは時代遅れどころか、無価値なものになり、排除されていくでしょう。バカは文学を楽しめないのと同様、バカはドラマも楽しむことができなくなるでしょう。

 

橋田壽賀子が10分かけてセリフで説明することを役者の表情ひとつで表現する。スズメが鳴いているBGMでヒロインの玄関に男物の靴がある。これで充分なのですよ。わからなければその人の人としての経験値や想像力がないだけなのです。

 

このような演出をB層は好まない。

ちゃんと説明しないことは不親切だと思っている節がある。

 

NHKの『朝の連続テレビ小説』、『大河ドラマ』は今のところ、どんなに視聴率が低くとも打ち切りはありません。打ち切りがないから脚本、演出は腕の見せ所となっている。

民放の3ヶ月、全10回と決まってるのではありません。半年、もしくは一年どんなに視聴率が低くとも完走しなければなりません。

 

しかも、NHKのドラマは再放送が多い。昔から自分のライフスタイルに合わせて見ることができる。昔のように時計がわりに見ている人は昔に比べてグッとすくなったと思われます。

さらに尺が長いから全体を通して長く伏線を張ることができる。

 

さらに言ってしまえば大人が見るものだと意識して創作ができる。

子供番組ではないから第一話でテーマを述べる必要がない。

 

で、『おちょやん』

第一週で千代が「私は棄てられてわけでない。私が家族を捨てた」このセリフでわかるように彼女が家族を恨んで大きくなるが、人との出会いで家族の大切さに気付いていき、最終的に家族の大切さ、人生の面白さに行き着く。

恨んでいた父親、ヤクザものになってしまった弟が会場にいたのは血の濃さを表現したのだと思う。

 史実かもしれないけれども『お父さんはお人好し』というラジオドラマで人気を得るのも主題に沿っている。

『おちょやん』でテーマをしっかりセリフにするのは一番最後ですよ。

『仮面ライダークウガ』のように第一話でなぜ自分が戦うのかを宣言しません。

 

しかも、再放送が多いことと、録画している人も多いことから自分のライフスタイルに合わせて、視聴しているケースが多い。しっかり見ていないと細部や作品のテーマは理解できない作りになっているし、作りにすることができるのです。

 

そんな時代のドラマだから、多少数字が悪くとも打ち切りがないから突っ走ることができる。わからない奴はわからなくてもいい!

 

音だけで理解できるドラマですって。どうぞ民放の面白くないドラマをご覧ください。

 

私たちはNHKに受信料を払っているんだぜ。楽しみましょうよ(笑)

*1:マスコミ報道に流れやすい「比較的」IQが低い人たち

*2:社会ダーウィニズムはナチスドイツの優生思想につながるので、これを用いて説明してはいけないとされています。